ペンギン京 都 の お 祭 りご 案 内

祇園祭   祇園祭以外の7月の祭り

 

  祇園祭京都の三大祭りのひとつ

 日本三大祭りのひとつとして世界的にも有名であり、その起源は、貞観11年(869年)都に疫病が大流行したおり、疫病退散を祈願して矛66本を立て神泉苑で御霊会をしたのがはじまりとされている。 
(御霊=怨霊。「無念の死をとげた人が祟り神(怨霊)となって疫病を撒き散らす」という思想から、怨霊を鎮め、追い払うために行なわれた儀式のようなもの。もとは、民間で流行っていた新興宗教的なものだったようだ。)

 祇園以外の社寺でも広く行なわれていたが、祇園社のものが有名でその後10世紀中頃王朝の官祭として執り行なわれる様にり、10世紀末頃には、賑やかになり曳山の原型といわれる標山が登場する。 
 11世紀にはいると、社寺の「敷地」とよばれる氏子圏が誕生し、地域住民の参加がはじまる。
 またこの頃には、お囃子的なものが加わり、田楽の奉納、華美な風流が話題を呼んでいくようになった。 
 中世に入ると、趣向は大きく変化し、山と鉾が登場する。
 当初、5〜6mのものを人がかついでいたが、14世紀に入ると今のように巨大化し、これを飾る事に人々の関心は変わる。 
 15世紀には、感心の深さからか、参加する地域もひろがり、山鉾の数は60基にもなっていた。
 応仁の乱によって途絶え、町は荒れ果て、人々も都を去って行かざるおえなくなっていたが、地域住民達の努力によりわずか20年(1500年)で復興し、平穏な時代に入ると、いっそう精彩を増していった。この年から、くじ取り式が侍所で行なわれるようになる。 
 江戸時代になると、様々な装飾品で山鉾を飾るようになり、海外の品が飾られ、各山鉾とも趣向をこらしてその華やかさを競うようになった。 
 近世になってからは、度々火災で、山鉾を焼失する悲劇にみまわれたが、町衆の心意気により再興され、今日に至っている。 

7月1日
吉符入り(神事始め)・・・・・各鉾町
 各鉾町で祭りの討ち合わせがあり、「コンコンチキチン」で有名なお囃子の稽古がはじまる。

長刀鉾町稚児お千度(午前10時)・・・・・八坂神社
 この年の稚児を伴い、稚児係り・町内の関係者達が八坂神社本殿を3周した後、昇殿して神事の無事を祈願する。

7月2日
くじ取り式
(午前10時)・・・・・京都市役所
 巡行の先頭を行く「くじ取らず」の長刀鉾を除いた、他の山鉾が巡行の順番を決める。

7月2日
山鉾町参拝
(午前10時)・・・・・八坂神社
 各山鉾町の代表者が八坂神社に参拝。祭礼の無事斎行を神前に祈願する。

7月7日
綾傘鉾稚児社参
(午後2時30分)・・・・・八坂神社
 この年の稚児を伴い、稚児係り・町内の関係者達が八坂神社本殿を3周した後、昇殿して神事の無事を祈願する。

7月10〜14日
幣切
(午前10時)・・・・・長刀鉾町
 長刀鉾町の神事に必要な各種御幣を八坂神社職員の奉仕にて行なう。

7月10〜13日
鉾建て
・・・・・各鉾町
 各鉾町で鉾を組み立てて行く。釘は一切使用されず、「縄がらみ」だけで組み立てられる。その結び目は美しく、芸術であり、日本の文化のひとつである。
 鉾を組むのも縄だけなら、組み立てた鉾を立ち上げるのも、縄と人力のみで建てられる。

 
この鉾建てのため、四条通り等の鉾町は、車の通行が規制される。

7月10日
神事用水清祓
(午前10時〜)・・・・・宮川(鴨川)堤
 神輿洗いに使用する神事用水を修祓。鴨川の水を使用。

神輿洗い(午後8時)・・・・・四条大橋
 氏子総代、世話方らが、神輿をかついで大松明をかざして行列し、四条大橋の橋の上で、神官が榊に浸した汲みおいた鴨川の水で、神輿を浄める。

7月10日
お迎え提灯
(午後4時30分〜9時)・・・・・四条大橋
 神輿洗いの済んだ神輿を迎えに、万灯会員有志が、夫々の提灯を立て、武者・鷺舞・小町踊り姿に扮した子供達等の行列が氏子区内を歩く。
 
丸山公園横「清々館」→河原町四条→市役所→寺町通→四条通→東大路→新幸道→「清々館」

7月12〜14日
山建て
・・・・・各山町
 曵山の組み立てが始まる。

月12〜15日
鉾の曳き初め・山のかつぎ初め
・・・・・各山鉾
 各山鉾町ごとに、お囃子をはやしながら、組み立てた山・鉾をその町内のみ試し曳く。
 (これは、飛び入り参加できるものもあり、子供達の参加も出来る。各山・鉾によって日にちや時間、申し込み手順が違うので、直接聞いて下さい。)

7月13日
斎竹建
・・・・・四条麩屋町
 夜明けまでに建てられる。
 これは、長刀鉾の稚児が、巡行の当日、太刀にて注連縄を切るためのもの。

月13日
長刀鉾稚児社参
(午前11時)・・・・・八坂神社
 長刀鉾に乗る稚児が、馬に乗って社参し、五位の位をもらう。

久世駒形稚児社参(午後2時)・・・・・八坂神社
 南区久世の『綾戸国中神社』から、久世稚児(駒形稚児)が社参する。
 17日の新幸祭、24日の還幸祭に供奉をする。

月15〜16日
宵山
(夕方〜深夜歩行者天国になる)
   ・・・・・各山鉾町・四条通りの河原町−大宮間・烏丸通りの御池−四条間
 駒形提灯に灯りがともり、祇園囃子が奏され、祭りは盛り上がりを見せる。
 各山・鉾町では、その町内の山や鉾の名前や絵入りの縁起物等を販売。有名な食べられない「ちまき」もこの時販売される。販売には、近隣の子供達があたり、各山・鉾町に代々伝わるリズムの良い童歌のような売り歌を歌いながら、浴衣姿で応対している。また、夜店も多数出店する。
 各山・鉾町の古い商家や町屋では、代々その家に伝わる所蔵の品(鎧兜・雛人形・着物・屏風・手文庫等の小物類)や、重要文化財に指定されている『見送り』等が展示され、京の歴史と文化を見る事ができる。

月15日・・・・・八坂神社

式庖丁奉納(午前10時)
 日本式庖丁道生間流に依る式庖丁奉納。

伝統芸能奉納(午後3時)
 今様、日本舞踊、狂言、筝曲、剣舞、詩吟、琵琶等の奉納。

宵宮祭(午後7時)
 境内の明かりを消し、浄闇の内に舞殿に、奉安の神輿に神霊を移しかえる

月16日

献茶祭(午前9時)・・・・・八坂神社
 表千家・裏千家の家元が毎年交代で献茶

神剣拝戴(午前10時)・・・・・大政所町
 15日午後6時長刀鉾の長刀を大政所御旅所に移し、17日午前10時に祭典後、厄除け祈願の為、町内初め一般に拝戴する。

鷺舞い(午後6時)・・・・・八坂神社
 雌雄の鷺の姿(鷺の形のはり型を被る)で、舞いを舞うのを中心に、鼓・赫熊が舞う。

宵宮神賑奉納行事(夕方)・・・・・八坂神社石段下
 石段下四条通りにて各種芸能奉納行事が行なわれる。

石見神楽(午後7時)・・・・・八坂神社
 素戔鳴尊が八岐の大蛇を退治し天の村雲の剣を得る舞いの奉納。

日和神楽(午後11時)・・・・・御旅所八坂神社
 翌日の巡行の晴天を祈願するもので、町屋から、四条御旅所の間を往復する。

暴れ観音・・・・・南観音山
 夜更けに、楊柳観音を台座に乗せ、南観音山の町内を担いで回る。
 ただ、担ぐだけではなく、その名のとおり、観音様に暴れて頂くがごとく、町内を暴れるように走り回る。
これは、祇園祭りの静かで優雅なイメージとは結びつけがたい迫力がある。遅い時間の行事だが、見物人は多い。

月17日
山鉾巡行(9時)・・・・・各山・鉾町四条烏丸→河原町四条→河原町御池→新町御池→帰路
 祇園祭のメインイベント。昔は「前祭り」「後祭り」の2回に分けて巡行していたが、昭和41年合併され、ルートも今の様に改められ巡行されるようになった。
 くじ無しの「長刀鉾」を先頭に、各山鉾町を出た鉾9基山23基が四条烏丸に集結。祇園囃子を奏しながら、所定のコースを巡行する。
 巡行の途中、,四条堺町で京都市長によるくじ改め式が、四条御旅所で御霊を遷す。
 この巡行で最大の見所は、交差店での「鉾の辻回し」

 鉾は本体の重さに加え、上にはお囃子の奏者・調子取りの人・屋根の上には、軒にぶつけたりしないように調子を取る舵役の人等、50人位が乗り込んでいる。その為、辻をスムーズに回る事が困難になり、車の下に竹を並べ、水をまき、車輪を滑らせて辻を回る。曳き方の長年の経験とカンとみんなの協力が一つになって始めて成功する。囃子方も辻回しの成功を応援するがごとく、それまでの優雅なお囃子から、リズムの早い、力強いお囃子に変え、盛り上げる。
 もう一つの見所は、各山鉾町がそのセンスと贅をつくした山や鉾の装飾品の数々だろう。
 『動く美術館』『動く博物館』といわれるように、国内外に留まらず、世界中から取り寄せた織物や数百年前に描かれた天蓋装飾など、
国宝級の品が並ぶ。

神幸祭(午後4時〜)・・・・・八坂神社〜四条御旅所
 八坂神社の三基の神輿が氏子区域を所定のコースに従い巡行。夜9時過ぎまでに四条御旅所に入る。
 このまま24日まで駐輦する。古例に依り久世稚児が中御座に供奉。宮本組の御神宝供奉。

 (中御座順路)八坂神社→元祇園折返し→神幸道→石段下→四条大和大路→大和大路三条→三条木屋町→木屋町二条(二条大橋)折返し→寺町二条→寺町三条→三条河原町→河原町四条→四条御旅所 

7月20〜22日
狂言奉納
(午前10〜12時・午後6〜8時)・・・・・八坂神社能舞台
 3日間に亘り狂言の奉納が行なわれる。
 宗論・蚊相撲・太刀奪・土筆・泣尼・惣八・萩大名・酢薑・末広がり・文山立・柿山伏・清水・空腕・延命袋・居杭・貰聟・梟・文荷・那須の語・寝音曲・盆山・二九十八・冥土行・鎧

7月20日
宣状式
(午後3時)・・・・・八坂神社
 花傘巡行に奉仕の馬長稚児、「児武者」の宣状が交付される。

7月23日
斎竹建
・・・・・三条御供社
 三条御供社に於いて還奉祭の神事斎行を控え「オハケ」と称し巾7尺奥行2尺に芝を敷き、3本の御幣をたてて斎竹を四隅にたてる。

7月23日
献茶祭
(午前9時)・・・・・八坂神社
 在洛の煎茶道家元の輪番奉仕に依り行なわれる祭典後、常磐殿及び常磐新殿に於いて拝服席が設けられる。

7月23日
琵琶奉納
(午後4時)・・・・・八坂神社能舞台
 琵琶協会の人々により、琵琶の奉納が行なわれる。

7月24日
花傘巡行
(午前10時〜)
 傘鉾十余基・馬長稚児・児武者等、列を整え所定のコースを巡行。
 八坂神社到着(12時頃)後、舞踏等の奉納がある。
 
石段下→四条河原町→河原町御池→寺町御池→四条寺町→四条東大路→東大路神幸道→八坂神社

7月24日
還幸祭
(午後5時〜)
 午後5時頃、四条御旅所を三基の神輿が出発。三条御供社にて祭典の後、神輿に灯りを入れ、午後9時頃八坂神社に還幸。神霊を本社に還し、祭典執行。久世稚児他の供奉は神幸祭りに同じ。
 (中御座順路)四条御旅所→四条寺町→寺町高辻→高辻烏丸→烏丸四条→四条大宮→大宮御池→二条駅前
→千本通り→千本三条→三条御供社→寺町三条→寺町四条→四条東大路→東大路神幸道→八坂神社
 

7月25日
狂言奉納
(午後1時)・・・・・八坂神社
 茂山忠三郎社中の人々により行なわれる。

7月28日
神事用水清祓
(午前10時)・・・・・宮川(鴨川)堤
 7/10に同じ

神輿洗い(午後8時)・・・・・四条大橋
 
7/10に同じ

7月29日
神事済奉告祭
(午後4時)・・・・・八坂神社
 祇園祭りの終了を奉告し神恩を感謝する。

7月31日
疫神社夏越祭
(午前10時)・・・・・八坂神社境内疫神社
 素戔鳴尊が南海に旅をされた時、この疫神社の御祭神蘇民将来の厚い真心を喜ばれ、疫病流行の際、『蘇民将来之子孫也』と記した護符を奉持する者は疫病より免れしめると清約されたという故事により、鳥居に大茅輪を設け、参拝者はこれをくぐって厄気を祓い、また、『蘇民将来の子孫也』の護符を授かる。

 祇園祭以外の祭り

7月1日〜9月15日
嵐山鵜飼
・・・・・嵐山

大堰川鵜船にともす篝火のかかる世にあふ鮎ぞはかなき
                        ―在原業平―

 左京区嵐山の大堰川(桂川)で行なわれる。
 観光行事として昭和24年、長良川の鵜匠を招いて行ったことに始まるが、大堰川での起源は平安時代にさかのぼる。
 川辺で夕涼みしながら、また、館舟に乗って鵜匠の業と鵜達の妙技を楽しむ。夏ならではの風情である。
 館舟からだけでなく、河原からも楽しむ事は可能。(但し、要・オペラグラス等)

時 間
19時〜21時 (乗合船は19時・20時)
(9月1日以降は 18時〜20時30分/乗合船は18時30分・19時30分)
料 金(2004年度現在価格)
 *乗合船

  大人1,700円、小人(4歳〜12歳)850円
 *貸切船(予約制)
  16人乗(食事の場合12名)40,000円
  18人乗(食事の場合14名)48,000円
  27人乗(食事の場合20名)70,000円
お問い合わせ:嵐山通船 TEL 075(861)0302

7月7日
七夕祭
・・・・・北野天満宮・白峯神宮他

7月土用の丑の日
御手洗祭
・・・・・下鴨神社(御手洗社)
 平安時代の禊の風習を受け継ぎ、御手洗社の祭神<瀬織津姫>は罪穢れを祓う女神として信仰されており、それにあやかって参拝者は御手洗池に足をひたして社に献灯して、無病息災を祈願する。
 右京区太秦の蚕の社(木島坐天照御魂神社―コノシマニマスアマテルミタマじんじゃ―)でも同じような神事が行なわれている。

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